14歳からの哲学 考えるための教科書
14歳からの哲学 考えるための教科書
Amazon価格:¥ 1,260 (定価:\ 1260)
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| 真理を見つめる
人は誰しも自分の考えを持っている。
自分にだけ通じる考え方ではない、「本当のこと」があるんだよ、と教えてくれる良書。
テーマはいかにも哲学、なことから中学生が今まさに興味があるであろう事など様々。気になるテーマだけという読み方もできるかもしれない。
14歳の君へ―どう考えどう生きるか
14歳の君へ―どう考えどう生きるか
Amazon価格:¥ 1,200 (定価:\ 1200)
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| こどもたちに与える前に
書店で本書を立ち読みしていましたが、大胆な考え方と語り口に魅かれてしまい購入。
帰宅後、取り憑かれたように読んでいました。
自分でよく考えること=良く生きること
というあたりまえのことを再認識出来て、大変面白かった。
ただ、これを読んで思ったことは、親や先生が本書を推薦したり与えたりする前に、与える側もきちんと本書の内容を理解しておかなければいけない。
この本いいよ・・と与えた。与えられた子はよく読んでこれを理解した。
しかし与えた側の親や先生は、その子の「考え方」を理解することができず、「普通はこう考えるでしょ・・」と、その子の「考え方」を否定した・・
・・・ということも起こりえるかも知れない。
「待つ」ということ (角川選書)
「待つ」ということ (角川選書)
Amazon価格:¥ 1,470 (定価:\ 1470)
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| 「待つ」という行為の哲学的断章
「待つ」という行為の哲学的断章
「みみっちいほどせっかちになった社会」で人間は待たなくてもよくなった、いや、待てない社会になった…と著者はいう。
「待つ」ことは、時間ということと深く結びついていることを改めて実感する。
「水が満ちてくるように」待つという表現が印象に残った。
前のめりの「前傾姿勢」で生きることを強いられる世の中で、「からだを退避させ」て空き地をつくる、そうして来るやも知れないものを「迎える」…そんな待ちかたもあるのだ、と知った。
「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)
「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)
Amazon価格:¥ 588 (定価:\ 588)
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| 一見、堅そうですが、断じて「楽しい魅力あふれる最高レベルの本」です!
名著とは、こういう本のことを言うのであると思います。
「粋でイナセ」とは昔からよく聞く、気持ちの良い大人の人間という意味の言葉だったとなんとなく思っていました。実際、だいたいその通りだと思います。
しかしこの「いき」について、ここまで徹底的に正確に、徹底的に分析した著者はすごいとしか言いようがありません。
私はこういう説得力のある文章には、めったに出会えないと思いました。
一見、堅そうな内容の本のように見えますが、読めば誰もが「いき」な大人になりたい! と思うような、魅力ある楽しい内容です。
ビートたけしは、あるテレビ番組で「これからもっと『粋』な人になっていきたい」と語っていましたが、読書家であるたけしはおそらくすでに本書を読んでいることと思います。
「聴く」ことの力―臨床哲学試論
「聴く」ことの力―臨床哲学試論
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鷲田 清一 | 阪急コミュニケーションズ | 1999-06

| ホスピタリティとは何かを問いかける
1999年の初版であり、かなり知られている本のようですが、今年初めて読み、大変感銘を受けました。ああ、読み終わりたくない、まだこの世界に浸っていたい・・・と思った本です。
哲学の本に分類される本だとは思うのですが、看護師や介護職のように、ケアを職務とする「感情労働者」にこそ読まれるべき本だと思います。
中盤から、ホスピタリティを旨とする職業、その矛盾した構図についての言及がはじまります。そのキーとなる概念は「歓待」。
他者の苦しみによって自分も傷つく可能性があること。
工場労働者の例から、苦しみを苦しみとして表現する言葉をなくすことがあること。
そのようなことをふまえ、聴くという行為について、筆者は以下のように述べています。
>苦しみの語りは、語りを求めるのではなく、
>語りを待つひとの、受動性の前ではじめて、
>漏れるようにしてこぼれ落ちてくる。
>つぶやきとして、かろうじて。
そう、聴く立場は、あくまで「受動的」でなくてはならないと述べているのです。歓待の場で「客」のなかに何かが生まれる、やっとのことで、言葉が生まれる、その発生プロセス自体に対しても、受け手はあくまで受動的であらねばならぬ、と説いているように感じられます。
そして、ケアの本質とは何かというところに話は進みます。
>ケアがケアでありうるのは、何らかの目的や効果を
>勘定に入れない、意味を介しないで条件なしで
>「ともにいる」こと、つまり「時間をあげる」ことの
>なかであった。
>何も持たない人こそが、他者を即座に留保なく受け入れる。
>同一性の<外>に出る用意があること。
つまり、ケアを提供する側が同一性を奪われてはじめて「ホスピタリティ」は可能になると述べています。
同一性を放棄したところに、ケアの可能性がある・・・
この考えはたいへん、はっとさせられるものがありました。聴く側は、受け入れる側は、いつも「無」でなくてはならない。「客」に呼びかけられることによって、はじめて自分が出来上がってくる。相手との関係の中で受動的に関与させられる身としての、歓待。そして最後に筆者はこう述べます。
>ケアというのは、個人がじぶんの行為を正当化しやすい
>領域だということ。その意味でいちばん入り方の難しい
>危うい領域だということである。だからみんな、そっと
>入り込む。これが義務になったり、アリバイになったり
>したら、元も子もないのである。
>ひとはどこまでも自分の低さにとどまらなければならない。
話を聴くことが仕事であるような職業はたくさんあります。わたしもおそらくそのような職務にあります。自分は何の専門知識を持っているのか、どのような技能で、何を与えられるのか、と、そんなことをひどく気にしていたのですが、それと同じくらい、受身であること、与える前に何をどれほど受け取れる器であるのか、とこの本を読んで考えました。
自分が話を聞くべき相手、やまいを負った人々の運命にも、あるいはこうしてお互いたまたま出会っていることにも、そしてその方の声を自分が聞いているという成り行きに対して、自分はひたすら受身であること、低くあること。そのことが、聴くということ、受け入れるということ、開くということにつながるのかもしれません。臨床の原点として、いつも心に留めておきたいと思いました。
すばらしい良書。
はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫)
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| 頭の中の思考回路をやわらかく解きほぐしてもらった気持ち
「考える」って、どういうことなのか。普段、なんということなく通りすぎてしまっている街の風景、建物や店のことなどを、立ち止まって教えてもらったみたいな感じ。自分のなかのもうひとりの自分に語るかけるようにして、「考える」ことの本質を見、探り、考えていく著者の文章に、頭の中の思考回路をやわらかく解きほぐしてもらった気持ちになりました。
著者の文章の脇に置かれていたのが、植田 真(うえだ まこと)による風景のイラスト。文章と直接のつながりはありませんが、いい意味で、気晴らしというか、息抜きさせてくれる雰囲気がありました。なくても困らないけれど、あったほうが気分がやわらかくなる、そんな絵の数々と言ってもいいかな。
【「考える」って何をすることだろう】【問いのかたち】【論理的に考えるだって?】【ことばがなければ考えられない】【見えない枠】【自分の頭で考える?】の、大きく6つの章で構成された一冊。
なかでも、「夜空はなぜ暗いのか」を見ていく話と、「R2D1」ほかのロボットの悲劇を語るエピソードが、とても興味深かった。特に後者、ロボットにある行動をとらせるためにはどこまで教えておかなければならないか、ということを語る件りには、先日読んだ井上夢人の短篇「ジェイとアイとJI」(『あわせ鏡に飛び込んで』所収)に通じる面白さがありましたね。翻って、人間の脳の思考回路(?)って、時々刻々、なにげに凄いことをやっているんだなあと。
頭の中の凝りをほぐしたい、気分転換に脳のラジオ体操(?)をしてみたい、そんな方におすすめの文庫本。知ったかぶりをしたり、妙に偉ぶった態度をとったりせずに、読者と対等の目線で語っていく著者の文章がいいですね。そこに好感を持ちましたし、さくさく読んでいくことができました。
子どものための哲学対話―人間は遊ぶために生きている!
子どものための哲学対話―人間は遊ぶために生きている!
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| 哲学の入門書としても。
最初は図書館で読み、いいなと思って購入した本です。
誰もが一度は考えたことのあるような問題を、著者が易しい言葉で解き明かしていきます。
ただ、あんまり早いうちからこの本を読むのは、
悪影響を受けることも懸念されるかな!?と思います。
というのは、例えば「友達はいらない!」という章があるのですが、
どうしても幼いうちは、言葉を言葉のまま受け取り、信じてしまうことが多いからです。
著者はもちろん、深い理由があって結局友達は要らないということを言っているわけですが、
言葉の奥に秘められた意味・・・それを理解するためにも、ある程度成熟する必要があるのかもしれません。
悲鳴をあげる身体 (PHP新書)
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Amazon価格:¥ 690 (定価:\ 690)
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| 改めて身体の存在を感じてみる
鷲田さんの本は、「聴くことの力」以来、かなり好きで読んでいます。この本はもう10年前のものですが、今読んでも新鮮で、またここに書いてある「身体」の問題は今でも問題であり続けていると思われました。
「自然」の壊れた人間が、それでも他人との関係の中で保ってきた「自然」の燃えかすのような「段取り」でさえ、今は消去したがっているようにみえる、と筆者は述べます。
>わたしもふくめて、少なからぬ人たちが、じぶんの「自然」を傷つけることなしには
>じぶんの存在を確認しにくくなっている
>身体が過剰に観念に憑かれてしまい、観念でがちがちに硬直している
>こういう状態にある現在の身体を、わたしは<<パニック・ボディ>>と名づけてみたい
この本を読んで感じたのは、身体というのは、こうして考えている自分なるものとは少し違うものかもしれない、ということです。身体は身体の独自性で、自然をたっぷり残した生存の知恵を持っているもの、「自分」と「身体」は違うかもしれない、筆者もこう述べます。
>身体というものは、もともとはひとがそれに身をまかせ、ぷかぷか漂っていられる
>船のようなものであったはずだ、
>だから身体が故障したとき、わたしたちはまるで日ごろのお返しをするかのように
>ていねいに手当てをすることもできたのだ
>だが、その身体がそういう奥行きを失って、観念にあまりにも密着し、
>身体に固有の判断力や想像力を失いだしているような気がする
そして、わたしたちの現実が、ある偶然のなかで編み上げられたものでしかありえず、フィクションであるということや、「ゆるみ」「あそび」そしてケアにみられる「どっちつかず」の重要性について述べられます。
最後に筆者は、身体とは緩衝材であり、「じぶん」と「身体」との距離は日々変わりうること、そしてその距離が近接しすぎることや弛緩しすぎることの危険性を述べています。
ある程度年齢を重ねると、身体というのは自己管理すべきものであり、自分そのものであるような錯覚を覚えます。そして、同時に、自分の意のままにはならない身体という独自の存在にも気づきます。この距離のあり方は難しいのですが、いまいちど謙虚に身体の呼び声に耳を澄ませて、よりよい生活を過ごしてゆきたいと感じました。
この本で言われているメッセージは、表現を変えていろんな方が言っていることではありますが、独自の清涼感ある文体、表現力、説得力は鷲田さんがいちばんだな、と思いました。
哲学の謎 (講談社現代新書)
哲学の謎 (講談社現代新書)
Amazon価格:¥ 735 (定価:\ 735)
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| 入門書であると同時に、折に触れて何回も読み返すべき本
平易な言葉で分かりやすい理屈が延々と続く、そんな哲学書です。
1文1文は分かりやすい理屈で、あっという間に読み終えるかも知れません。
その点では『ツチヤ教授の哲学講義』に通じるものがあります。
しかし、考えて納得しながら読もうとすると、前に進めなくなります。
納得するまで自分で考える。
これが哲学で最も大切なことであると同時に、哲学者の名前と学説の暗記の
ために哲学の本を読むのは止めた方がいいよ、という著者の声かもしれません。
この本をきっかけにさらに難しい哲学書を何冊も読んでから、もういちどこの本を
読み返すと別の視点が見えてくるはずです。
逆に言うと、この本だけで考えようとしても限界があると思います。
入門書であると同時に、折に触れて何回も読み返すべき本であると思います。
稲盛和夫の哲学―人は何のために生きるのか (PHP文庫)
稲盛和夫の哲学―人は何のために生きるのか (PHP文庫)
Amazon価格:¥ 500 (定価:\ 500)
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| いいことは書いてあると思う
全213ページですが、字が大きいので短時間で読めます。
21の項目に分かれているので、一つの項目は少しです。
哲学というほどのものではないと思うけど、人間として生きる基本が書いてあります。
仏教を基本にした考え方です。

