こんなに変わった歴史教科書
こんなに変わった歴史教科書
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| あまり変わり映えしないじゃん
「変わった」というが、本書を通読する限り、「たいして変わってないなあ」という感想のほうが先に立つね。
そりゃ、個々的に、従来云われていた「伝」聖徳太子、源頼朝、足利尊氏、武田信玄の肖像画なんてのが「真偽、揺らいでいる」とか、事件や物ごとの呼称の仕方が変わってきたとかはあるけれど、そもそも歴史学が何を語ろうとしているのかのところなど、「まるで変わってないな」という感じ。
相変わらず、歴史的事実を年表的に羅列した知識の詰込み主義で、なぜ歴史がそういうことになってしまったのか? を生徒たちに考えてもらうという方向にはなってないね。
歴史過程における事実というのは、ごく大雑把に言えば、経済構造に既定された必然の部分と、ときの実力者が恣意的に強制した部分と、まったくの偶然にすぎない部分と、その組合せによって形成されるわけだけど、たとえば、江戸時代を支配した石高制というもの。とうに金や銀、銅銭が貨幣として流通していた時代なのに、なぜ今さら現物の米の石高なんてのが価値基準に採用され、なぜ3百年近くも価値観の中枢に居座ってしまったのか? ってところなんかだ。端からみると、これを不思議とも思わない歴史学界のほうが不思議だね。
たとえば、どうして日本の中世が武士の世の中になってしまったのか? 嘗ては封建制(フューダリズム)というのが答えだったけれど、それは19世紀西欧史学の認識で、もう少し広い目で見直すと、同じように土地からあがる生産物が経済の土台となった時代のなかに、ほかにも様々なスタイルがあったと解ってきたのに、いまだ「源平の争乱から武士の世になった」式の、答えにならない答えで満足している不可解さとか。
ま、あっさり言って歴史哲学の欠如ということ。
そりゃー今は、どんどん歴史学界も細分化されて、その範囲では精密になったけど、こんどは個別国家史的あるいは断代史的な視点から中々抜け出せなくなっている。学者先生が、おまんまを食うためのお仕事として歴史書を記述するのと、そうでない者が、人間の歴史を見る眼を養うのとは、やっぱり別もんだと思うんだわ。
資料読みの資料知らずというか、もっと通史的に史実を大観するというクセを付けることが、とくに教科書を執筆するような学界の諸賢に求められているんじゃないのかしら。
ちょいと前までの、例の皇国史観やら唯物史観やら、粗放で独断的かつ傲慢なのにはウンザリしたが、あんなもんでも「歴史」に興味を誘われる、ある種、迫力を持っていたのは、まぎれもない事実。
ま、こんなていどの姑息な改良では、どうしても「歴史は暗記物」で、生徒たちから、面白くない科目の筆頭に上げられてしまうと思うな。教科書が歴史哲学を語らないって、羹に懲りて膾を吹くってたぐいなのかしら? それとも、なに、やっぱり文部科学省の検定に去勢されてしまうせいなのかしら?
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