LYCAON’S DEN
LYCAON’S DEN
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| 今を生き抜く力!!!
前作『SUCCEED』から実に3年ぶりのアルバムです。
メンバーの個人的な事柄から今を精一杯生きる事の大切さ、人と人との絆について等、
日々の暮らしでつい忘れがちにな大切な事を改めて気付かせてくれる作品です。
楽曲は、ハードコアナンバーからパワーバラードと呼べそうなモノや、キャッチーなモノまで非常に
バラエティ豊かな楽曲群を更にゲストをそうそうたるメンバーが協力し力一杯ぶち込んだ作品に仕上がっています。
K-1 WORLD GP 2002 in 福岡 [VHS]
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| フジテレビ |

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K-1 WORLD GP 2002 in 福岡 [DVD]
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Amazon価格:¥ 3,990 (定価:\ 3990)
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| フジテレビ |

| ターミネータVS二連覇レミー
谷川は王者になったレミーとの試合をすでにPRIDEに転向していたミルコにオファーしたが断られてしまった。今では絶対見られないこのマッチメイクだがレミーが王者に輝く前すでに一度手合せをしていた。試合に関してはクリーンヒットではないが左ハイをきっかけにミルコが怒濤のパンチ連打を繰り出します。少し止めるのが早い気もしたが実力的にはミルコが圧倒していた。成長したレミーとの試合も見てみたいが。
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
Amazon価格:¥ 777 (定価:\ 777)
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| 生命科学がテーマなのに文学的に魅了される素晴らしい新書。
新書好きなので、いろいろな新書版を読んでいるけど、
自分の好きな新書ベスト3に間違いなくランキングされる本。
本を読むときは結構スピードをつけて、
ガガガガーと読むタイプなのだけど、
必要になるべくして読むスピードを落として考えたり、おお!って思ったり、
他の本にはないような独特の判断停止を与えてくれるという意味で良い。
サイエンスなのに文学的な本。
『知的生活の方法』(渡部昇一:講談社現代新書)
が、新書本の中では、僕の中でダントツの名著なのだけど、
それに次ぐ、あるいは、それと同等の価値を持つくらいの名著。
「生物とはなにか?」を分子生物学の観点から、
研究の歴史的な変遷をたどりながら、福岡氏の説も交えつつ、
記されているのだけど、一般向け科学書というよりは、
研究・研究倫理・ヒトとしての在り方について、
ベストなバランスでネガティブな事実も記すことで、
人間・アカデミズムの在り方を提示しているような本な気がする。
- 生命とは動的均衡(dynamic equiblium)にある流れである。
- 秩序は守られるために絶え間なく壊されなくてはならない。
DNA・細胞などの専門的な内容ももちろん面白いけど、
生命をめぐったヒトのあるべき姿について、
アカデミックフィールドで福岡氏が感じた汚い部分も交えることで、
(研究社会の中で生き残るために起こる人や組織との軋轢など)
いい揺さぶりを与えてくれる本。
できそこないの男たち (光文社新書)
できそこないの男たち (光文社新書)
Amazon価格:¥ 861 (定価:\ 861)
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| 既知のテーマだが
女が基本形で男は女から作られる、とか、男は女よりも弱い、とか、正直かなり前から言われていることなので、そういう意味での新鮮さはない。
女からも「できそこないの男と言われてもねえ、だからっていまさら何なのよ」と言われるのがおちだろう。
でも、そもそもどういうふうにして女から男が作られるのか、というDNAレベルでの科学的なロジックを素人でも追うことが出来るようにわかりやすく記述されているので、そういう意味での知的好奇心は満たされる。
最後のエピローグで「科学はHOWは語れてもWHYは語れない」という禁を破って「射精感」と「加速覚」との関連性の指摘をするところなど、これはまあ、ちょっと詩的に冒険しすぎか、という気がしないでもないが、ご愛嬌ということで。。。
生命と食 (岩波ブックレット)
生命と食 (岩波ブックレット)
Amazon価格:¥ 504 (定価:\ 504)
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| 個人的にのみ生命は語りうる
ゆくりなく、思いつくまま語ることをお許し戴きたい。
ルドルフ=シェーンハイマーの「動的平衡論」を核として、既存の科学知識をもとに著者なりの立場から、前著『生物と無生物のあいだ』で省略された部分、とくに「生命」にとって「食」のもつ意味が、本書ではさらに吟味・敷衍される。そもそも、「食物」とは従来、「生体のエネルギー源」としてとらえられることが多かったが、「動的平衡論」の立場からすると、それは単に「エネルギー源」であるのみならず、「生体の構成要素」また「流れを形造る物質」としての意味をもち、かつその振る舞いは、生命現象そのものの本質をなすことになる。
クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)を俎上に乗せ、人間にとっての「食のあり方」、自然の一部としての「人間のあり方」について、著者なりの審美感に基づいた「動的平衡モデル」が語られる。ここでの「動的平衡」は単一の生物個体だけに関するものではもはやなく、地球環境および食物連鎖をも視野に入れた「‘動物・植物・鉱物等の間を生々流転する’人間をふくむ自然というダイナミズム」に関する言及と言ってもよいかもしれない。
本書および前著を通じて生物の世界を俯瞰すると、地球上のあらゆる動物や魚類、昆虫、さらには植物や細菌でさえ、この地球以外のどこにも住むことが不可能であることを別の言葉で言い替えているようにもみえてくる。一見、なんの意味もないような、たとえば南海の目立たない海草が、同じ地球上の遠く離れた島に住む哺乳類にとって意味がないとはけっして言えず、むしろ、たった一つの生物種でさえ、それがいなくなることで生存をおびやかされる別の生物種が多数存在することが推測される。それが、生物個体内の分子の振る舞いのレベルから言えることになる。そしてもはや、われわれは、今後もずっと、地球上の様々な生物種とともにこの地球で生きていくことしかできないような気もしてくる。
「動的平衡状態にある流れ」を本質とする生物体として、自己をみようとした時、われわれは、どのようにして己というものを理解し、また自己の人間としての尊厳を守ることができるのだろうか?さしあたりは、生物種として、現象として、また意識という形而上学的部分をも有する存在として。これは嗜好をふくむ微妙なテーマであり、生命の意味を探る試みであるとともに、各人の審美感をめぐる明確な好みの問題をも内包している。そしてたしかに、本書中の記載は、講演それ自体としては真摯に行われたものではあろうが、見方によっては個人的な審美感の押し売りになってしまう危険性を孕んでもいる。私は著者の、時にある種のイデオロギーを連想させる言説に必ずしも与するものではないが、しかし、本書はそもそも論文でも教科書でもなく、生命につき回顧的、個人史的に考察が試みられた一般書籍『生物と無生物のあいだ』の補遺としての、『食』をめぐる著者の考察および提言である。独創的な考えを述べるに当たっては、個人的なスタイルをとることは不可避であったろう。それに、およそ人は、極めて私的に語る方法でしか、「生命なるもの」の本質に迫ることはできないのではなかろうか?
人間による生命や人間、また食生活をふくむ生活文化のとらえ方には、その時代の科学技術と知識のレベルにより、各時代ごとに異なったあり方が許されるものと私は思う。そうではあるが、その時代の科学と文化を背景として、人間が人間らしくあり続け、かつ人間の尊厳が守られ続けるために、人間自身が、その時代の科学技術・知識の意義とその文化に於ける位置づけを明瞭に認識し、咀嚼した上で、その時点で十分に理解していなければならないことがある。その中で、もっとも中枢を占めるテーマが、ほかならぬ「生命とは何か」という問いであることは、本書の述べるところでもある。私見によれば、この著者の持論は、現代最高の生命概念の理解に迫っていることは疑いえない。そして、それらをも参考にしつつ、できれば私たち自身も、自分にとってふさわしい「自己の生命観」「食生活の倫理」を探求すること、探求し続けることが望ましく、それが食物連鎖をも踏まえた生命環境の調和と保持、ひいては文化に於けるそれに役立つのではないか、と述べることは凡庸にすぎるであろうか。
私はその方面の専門家ではなく、おそらくこれは著者もご存知にちがいないが、「エントロピー S」は断熱系が仮定されないと、現象変化の方向を予測できないことが、たしか言われているから、恒温動物の生体内変化を評価する物理量としては、「ギブスの自由エネルギー G」およびその「mol数nによる偏微分 μ≡∂G/∂n」(1mol 当りのG)である「化学ポテンシャル μ」が、変温動物に対しては、「ヘルムホルツの自由エネルギー F」が、より適した指標であるだろう。しかし、著者の言いたいことは、たいへんよくわかる気がする。

